一章

2017/11/08 s


「お前さん、どこから来たんだ?」

 

 城壁を潜り抜けた瞬間、薄汚れた服を着た男が話しかけてきた。

 

「外から来たなら外からだよ」

 

 男は物珍しいものでも見るかのように目を丸くして何かを話してきたが、足早に移動を始めた後だったのでそれ以上の会話をすることはなかった。都市の人間は外の世界で人が生きるということはできないというのが常識だから、外から人が入ってきたとしても都市の中から出て戻ってきたんだと思うのが普通だ。どの都市の入り口は門もなく、外からの侵入も中からの脱出もやすやすとできる。そもそも外敵も存在しない世界で兵などが必要になるのかと思うこともあるが、啼く風が運ぶ砂の海に飲み込まれないようにというのをどこかの都市の図書館で読んだ気がする。過去の歴史の産物を漁るよりも今現状を生き残ることを優先していかなければ、自分たちも同じ道を辿るものだと信じてるからだろう。

 

「何にせよ、この都市の地図でもあればいいのだが……」

 

 都市から人が出ることがないため、宿屋や軽くて長期保存のできる食料の補充といった根本的な旅の準備をすることが難しい。いちいち商店を一軒一軒探していくのは自分が外の人間であるということを宣伝して歩いているようなものだ。都市の人間が外の世界に何の希望を持っているのかわからないが、いらぬ問題が飛び込んでくるのは御免だ。まぁ、何もせずにここに突っ立っているだけでも変な目で見られる可能性があるのだから、なんだかんだ面倒ということは変わりない。

――キィィィィイイイイ……

 

 耳の奥から抜け、そっと、そして直接的に脳の中に音が響く。

 

――ネド、か……?

 

 周りを見渡してみる。ネドであれば確実に向こうにも私がいるということが判ってしまった後であろう。相手が誰にせよ、敵か味方か。どちらにせよ探し出さなくては……!

 

『あまつの ながれが すれて

 ゆれる おとの はてに なにがある?』

 

 脳に響く声が聞こえた。私はすかさず答える。

 

『空』

「当たり!」

 

 目の前に現れたのは15、6歳の少女であった。この少女が『音』の発信源、ネドだ。ネドの出した問いに答え間違えなければ、質問者のネドを自分のところに呼べる。だから今少女が目の前に現れた。不思議そうに少女は私を見る。

 

「お姉さん、ネドではないんだ」

「あぁ。でもこの都市にネドがいて助かった。知らぬ都市は不便なんでね」

「ふふふ、そんな気はするわ。お姉さんがなんで答えれたかは知らないけれど、ちゃんと案内するわ」

「助かる」

 

 返事を待たずして少女は質問を投げた。もちろん私ではなく質問を受け取れる人間。そして少女と同じ人間。別のネドに送るのだ。時待たずして私たちは転送された。

 広いホールのようなところで支柱が数本左右対称に並んでおり、天は見渡す限りの青空であった。

 

「ここは…?」

「ここはこの町、スウェンの神殿ですよ」

 

 いきなり神殿に通されたのか、と思ったが、ある意味こちらのほうが都合がいいのは確かだった。

 

「お姉さん、こっちだよー!」

「あぁ、今行く」

 

 少女がどこに連れて行くのかは知らぬが、ここにはほかのネドもいるはずだ。合わずして何かするのも問題であろう。ここの神殿の主に…。

 少女が案内する扉の先は、薄暗く少し湿っぽい感じがする通路であった。煌々と足元を照らす灯りは炎ではなく、まぎれもなく妖精であろう。小さな土台の上で静かに本を読んでいるものやのんびりと何かを作っているものの姿が見える。

 

「ここは安全なのか?」

 

 そっと―灯り―に声をかけると、満面の笑みを浮かべて宙返りをした。間違いなくこの神殿内は安全であるのは確かだった。

 

「お姉さんは不思議ね。妖精とも話せるなんて」

「その、お姉さん、というのはやめてくれないか。なんかくすぐったい。ルアンという名前があるんでね」

「ふふふ。ルアンさんね。私も申し遅れました。スウェンの―入口―、スゥです」

「スゥとは珍しい名だな」

「そうですね。ネドではあまりつけられないみたいなんですけど、孵った時にそう出たらしいです」

「ほぅ、還り人とも珍しいな」

 

 珍しそうに見ているとスゥは笑って「ルアンさんも還り人を連れているじゃないですか」と。全て知った上で案内してくれているみたいだ。

 

「それもそうだな……」

 ネド――。この世界にいる人間であり人間でない生き物。口から発せられた音に祈りを乗せて奇跡を起こす存在で、「神の贈り物」や「神の使い」として伝承に残る。多くのことは真か嘘かも判断しかねる伝承にのみ記録が残り、学術的な文面には一切その生態を残すことがないが、確かに世界が荒廃する前から存在し、今でも都市の中で静かに生きている。

 起こす奇跡は小さなもので、「荒廃した世界を潤わせる」ほどの力は持っていない。存在する近くに水を沸かせ緑を生やし生活する……。存在しているから起こる奇跡を人は知らず集まり、都市として成り立つのである。